ヤクいぜ。

walking on cakeその9

 まず俺が鏡売りになる。シュルレアリストのバレエ舞台装置のような内装の店に、冷たくてつやつやした鏡をひとしきり揃える。そしてとびきり化粧が濃い女が店にやって来たらこう声を掛ける。

「鏡なんて買わなきゃいいのに」

 すると客はこう返すだろう。

「どうして? 鏡がないとうまく化粧ができないわ」

 俺はこう言ってやる。

「馬鹿だな。化粧があるから鏡が生まれるんじゃなくて、鏡があるから化粧が生まれるのさ」

 おしまいに女は泣きじゃくって、

「ひどいわ、ひどいわ」

 と繰り返すようになる。

 そこに俺が

「これからの化粧とはこうなるんだよ」

 と言って、爪先を蹴り上げ、鏡をめためたにかち割っていく。このためにあらかじめ先の尖ったシューズを履いておく。

 女は光を反射させながらばらばら散る鏡の破片を茫然と眺める。

 俺は書類に印鑑でも押していくみたいに、店をうろうろ回っては、次々鏡を蹴り倒していく。

 女は「この男は何が言いたいんだろう? この破産的行為にどんな意味が込められている?」こう思う。

 男は鏡を最後まで割り切ると、女の方を向き直る。店内はまるでジャッキー・チェンがマフィアと闘ったあとみたいに派手な有り様。

「なぜこんなことを?」と女。

 男はクールに答える。

「鏡をぶっ壊しちまったんで、これでお前さんが化粧をする必要も無くなったってわけ。これがホントのeye shadow.ってとこかな」

 ところがその後女はどうしたと思う? 店からそそくさと出て行っちまうと、向いの家電屋へ入ってチーク無垢材の大判スタンドミラーをローンで購入しやがった。これで男は丸損ってわけで、結局それきり店は畳んで、はれてキャバレー通りの浮浪者の一団に加わった。

「要するに女はそんなもんってことだろ。ほら、例のダイクとニンフの例え話」

 バーのマスターが硬い氷をアイスピックで丸く削ってるのを半ば無意識に目で追い、サラリーマンが言った。

「待て、まだ続きがある。男はスラムに参入した。浮浪社の吹きだまり。ゴミみてえな薄汚いクズ野郎が大勢いやがるって点は都会と変わらないけどね。浮浪者の生活ってのはネズミと灰と埃と悪臭と水汲みと注射器の生活。米を固く炊いたり裸で路上を歩いたことが果たして正しかったのかどうか、確信は持てない。裸になったことは確かだとしても、年老いて死を迎えようとしたときに一体何が残っているのだろうかと考えると非常に恐ろしい。なぜなら、サンマを焼いた時点で焼き魚に分類されるだろうから。ありとあらゆるものを放り出し、そのかわりにほとんど何も身に着けないまま街を歩いていたのでしょちゅう捕まっていた。獄中でドストエフスキー地下室の手記を読んで物凄く感銘を受けたのを覚えている」サラリーマンが唐揚げにレモンの汁を掛けた。俺は続ける。「まあ分かるだろ。そこにいる全員がまるで命乞いするみたいに生きている。男は腎臓の片方とレバーの大部分を失ったあと、浮浪者の群れのなかのなんだったか、チューティーとかいうあだ名で通ってる女と結婚した。その女もかなりのヤク中だったが、化粧が嫌いで見た目を一切繕わなかったのが気に入った。キシリトール街は地名の通り麻の葉が自生している場所で、マリファナ・フリーの場所になっている。このフリーはスモーク・フリーの意味ではなく、誰でも好きなだけ取って吸ってくださいの意味のマリファナ・フリーだ。フリー・マリファナマリファナ風味のハーブタバコ“カナビス・フリー”を喫煙所で吸っていると、その匂いを知っているやつがすぐ反応するのが面白い。カナビス・フリーを大量に買って、全てに質の良いマリファナを混ぜてタバコのように吸うのが風流なマリファナの吸い方だと思っているし、それが美学だと思っているので、麻布の麻広場から葉っぱを摘んできて吸ったことは一度もない。一度、北海道の北部でマリファナが自生している場所の葉っぱを残らず焼き払うという仕事したことがあった。華氏451よりも狂った世界に挑戦しようと思った人間は若者ばかりで、その場に派遣された人間はマリファナ好きのする顔の人間しかいなかった。燃やすときに出る大量の煙を吸ってラリることが無いようにマスクの着用が義務付けられていたのにも関わらず、派遣された人間たちはみんな薄笑いを浮かべながら大体みんなキマっている感じで、マリファナを燃やす煙を大量に吸っては、その様子をインスタグラムにアップしたりSNSに上げて『これぞ炎上!』などと書き込みをしていたのだが、実世界では炎上しなかったのが印象的だった。結婚したかれは死にもの狂いで金をかき集めた。モツを売った金で安物だがそれなりにきちんしたスーツを手に入れたあと、しばらくは盗難車のディーラーとして地道に生計を立てた。しかしオリジナル・デンジャラスの異名を持つディーラーに信頼を寄せており、イカつい見た目とは裏腹に内面は超まじめなマイホームパパだったりするところが、余計に信頼を倍増させるところがあるし、彼のドラッグ論は素晴らしいものがあって、ドラッグ論の本でも書けばいいのにといつも思うのだけど、ドラッグに手を出した時点で人間じゃないという酷い差別がある差別大国日本ではそんなことは実現できない。売人としての信用が買われ、闇市で薬や盗品を売りさばく取引商になる頃には子供が生まれ、そのうちスラムを去った。『暗い心を持つものは暗い夢しか見ない。もっと暗い心は夢さえも見ない』死んだ祖母はいつもそう言っていた。だから裸でいて何が悪いという気にもなってしまうのだ。夢さえ見ないぐらいだったら捕まってでも裸になったほうがいいに決まっている。『裸でいて何悪い!』と警察官を罵倒したのは某アイドルユニットのメンバーが最初だと言われているが、有名ではないだけで、最初にそれを言ったのは自分だ。キシリトール街の古いアパートに転がり込み、衣料雑誌のタイプライターの職にありついたタイミングで闇市とは完全におさらばして、文明とステーキの生活に戻った」ウイスキーをひとすすりしてまた続けた。「だがそこから雲行きが怪しくなる。チューティーが(ヤクはほとんどやらないようになっていたんだが)こんどは化粧にこだわりはじめた。どういう心境の変化なのか分からなかったが、彼女の部屋は鏡だらけになったし、男にさえスッピンを見せなくなった」

 この写真は、夕暮れ時に撮ったものです。水平線に二人の人間がいる。おまえは、彼らが他にどこにいるのかと言うかもしれない。

 子供は未来を見ることができないしシグナルを読むことができない。ただこうやって練習しているだけ。俺と他の2人はマリファナの練習をしてたんだ。あと缶ビールを2本。  

 俺と他の二人はこの公園にいる。ソラーズ、バルト、クリステヴァ、プレイネットらによるテクストの構築を分析することになったとき、彼女はいくら忍耐力を養っても、これらのテクストが何を目指しているのか、まったく理解できなかった。

 なぜなら木がたくさんあって隠れる場所がたくさんあって、そこで話しながら練習したのにも関わらず、分析は クソの役にも立たなかった。個人的には気分が悪くなるんだけどね。そして、この砂丘を回ってみると、男と女が本気でやり合っていて、ショックを受けた。テクストがどうのとかじゃなくて、こういうフィジカルなファイトなんだと。 

 ケツのことは忘れていた。一瞬、すべてがクリアになり、ただこの出来事を眺めていたのだが、ショックだった。いや、衝撃的でしたね。自分がやっているときは、とても楽しいと思うから考えないけど、他のことは忘れてしまうんだ。 

 といって、これだけが「気分」だとしたらつまらない。マリファナを吸う場所としては、駒込六義園や古河庭園だっていいものだ。向島の百花園を見てから、言論団子なんて食べて、滑り台を歩くのもいい。